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中国による台湾・日本侵攻、日本人に必要とされるのはボランティア精神?それとも南無妙法蓮華経??

こんにちわ。顕正会員です。えーこの記事は実は前回の続きです。

 

★30万再生【切り抜き動画】青山繁晴 完全無派閥 20231213 (youtube.com)

昨日、↑の動画を視聴しました。いやー青山繫晴議員、一年半ぶり?くらいにお見掛けしたのですがねー、相変わらず熱いなと。自民党の議員で最も質が高いお方、なのでは??『変わってないな~』『この人は最初5分くらいは誰しもが説教されてる感じにさせるの上手いなw』と最初は。しかし後半、感心致しました。地上波番組でよくもあそこまで、熱量で正論を・・・おっと内容についての感想は別のブログで。

政治資金、裏金、パーティー券などを殆ど一切必要としない、そこまでの信念と政策への意気込み、政治家と国民市民間の対話を中心としたボランティア精神に則った日本政治、が今後拡大していけば良いよねって話で軽く感動したのですが、

さて前代未聞の大闘諍。即ち他国侵逼。

三災七難を受け、日本人全員が日蓮大聖人を殺めた罪障を心から反省し、日蓮大聖人様に助けて下さいと必死に願い求めながら南無妙法蓮華経を唱えることで初めて日本は(中国・ロシア軍を武力を使わず退けて)救われ、その後仏国として日本は再建されるというシナリオらしいのですが、

やはり、ボランティア精神や日本人同士の助け合う心、優しさなどは、前代未聞の大闘諍後の、広宣流布した後でしか根付かない・・・とそう決まりきっているような話だったんですが、

先々週の石川県能登半島地震。これを、前代未聞の大闘諍と絡めてどう分析するかというところ。

前代未聞の大闘諍のスタートライン、序章として顕正会員に理解されている石川県能登半島地震。この現場では、青山繫晴議員のような愛国精神・ボランティア精神を持たない政治家、国民、市民の皆さんも大勢が瓦礫の撤去作業、被災された高齢者の支援などに参加されています。その方々は顕正会員でもなく、南無妙法蓮華経を唱える前の段階で互いに助け合いながら、毎日必死に生きようとしている(無論青山繫晴議員に一歩近づいた石川県議員、また国民市民の皆さんもいたことでしょう。被災して顕正会員になった石川県民の方々も。)。

前代未聞の大闘諍の一つ目のオプションが、日蓮大聖人様への帰依というところには間接的に、または直接繋がらず、連続して(前代未聞の大闘諍が)起こること自体が日本人、即ちそれぞれの県民、市民に「南無妙法蓮華経を唱えなければ、勤行を実践しなければ我々の未来は無い」と思わせる構図なのか。

即ちお金のかからない政治、またボランティア精神や優しさ、などに関して言えばある意味、資本主義、政治が国民市民の心をある程度(そうならないように)コントロールしている、と捉えることも。それで前回のような、石川県能登半島地震のケースのように資本・政治が機能しなくなる程市民に被害が回ってきた時に初めて、それに反比例して顕正会員となる一般人が増加するという流れ。経済が上向けば謗法を望む県民市民は増え、経済が停滞すれば皆が謗法を捨て仏法を望むみたいな仕組み??

この筋書きで間違いないと思われるのですが、ここで真逆のケースも一応予測をしておこうかなと。

無論、前から何度も何度も言っていますが、

前代未聞の大闘諍一つ一つのオプションが数か月、数年と間隔を広げ過ぎた場合。ここ。これについて何故か語る顕正会員、また無宗教一般人はいなくて、自分くらいらしいんですが、気になる所。

もしそうなるのであれば、亡き浅井先生ご断言の「すべては一時に起こる」ここに矛盾が生じてくる。それ以前に、「台湾有事=日本有事」ここも。

もちろん、間隔が空き過ぎたくらいで顕正会員の方々は何も予定調和の姿勢を崩したりはしないでしょうが、間隔が開き過ぎると日本人が「被災(または他の前代未聞の大闘諍による罰)⇒立て直し⇒対処⇒被災(他の前代未聞の大闘諍による罰)」の繰り返し、となるので広宣流布の流れとしては非常に効率が悪い。対処が優先される事に慣れれば、危機感が無くなるわけですからね。なので亡き浅井先生ご断言の「すべては一時に起こる」、これのお言葉通り、今月とか、来月で一気に前代未聞の大闘諍すべてが起こって、激動の時代へと突入してもらって、そこで日本人全員南無妙法蓮華経を唱えて広宣流布、終わり!というあっさりした展開に向かってもらった方が00年代で時代止まっている俺としてはベストかなって。

シンプルでしょ?その方が。

ではでは~(-人-)『南無妙法蓮華経・・・!!』